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大阪地方裁判所 昭和55年(ワ)5897号 判決

原告(反訴被告) 中村和交こと 中村憲護

右訴訟代理人弁護士 木村保男

同 萩原新太郎

同 的場悠紀

同 川村俊雄

同 大槻守

同 松森彬

木村保男訴訟復代理人弁護士 中井康之

被告(反訴原告) 丸五商事株式会社

右代表者代表取締役 伊藤徳三

右訴訟代理人弁護士 荻矢頼雄

同 山本恵一

同 上杉一美

荻矢頼雄訴訟復代理人弁護士 川下清

主文

一、原告(反訴被告)の請求を棄却する。

二、原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金二三三〇万一〇〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三、被告(反訴原告)のその余の請求を棄却する。

四、訴訟費用は本訴反訴を通じ、これを三分し、その一を被告(反訴原告)の負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とする。

五、この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、本訴請求の趣旨

1.被告(反訴原告)は原告(反訴被告)に対し別紙(一)株券目録記載の株券を引き渡せ。

2.訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

3.仮執行宣言

二、本訴請求の趣旨に対する答弁

1.主文第一項と同旨。

2.訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

三、反訴請求の趣旨

1.原告(反訴被告)は被告(反訴原告)に対し、金四六三七万八五〇〇円及びこれに対する昭和五四年一二月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2.訴訟費用は原告(反訴被告)の負担とする。

3.仮執行宣言

四、反訴請求の趣旨に対する答弁

1.被告(反訴原告)の請求を棄却する。

2.訴訟費用は被告(反訴原告)の負担とする。

第二、当事者の主張

一、本訴請求原因

1.原告(反訴被告、以下「原告」という。)は別紙(一)株券目録記載の株券を所有している。

2.被告(反訴原告。以下「被告」という。)は右株券を占有している。

3.よって、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件株券の引渡しを求める。

二、右に対する認否

全部認める。

三、本訴抗弁及び反訴請求原因

1.被告は大阪穀物取引所等の商品市場における商品取引員として売買取引の受託を業とする株式会社である。

2.被告は原告から次の(一)、(二)の大阪穀物取引所における取引の委託を受け、その取引に従事した。

「(一) 昭和五三年一一月一六日から同五四年一一月一九日までの間の小豆売買取引(別紙(二)の一記載のとおり)

(二) 同年二月二六日から同年八月七日までの間の輸入大豆売買取引(別紙(二)の二記載のとおり)」

その結果、小豆取引につき値合損失金五六一三万一〇〇〇円、輸入大豆取引につき値合益金九七五万二五〇〇円を生じた(別紙(三)の一、二、別紙(五)利益出金支払一覧表参照)。

3.被告は原告に対し、昭和五四年一一月二五日ころ到達の帳尻請求書によって、2記載の値合損失金と値合益金とを差引計算した値引損失金である四六三七万八五〇〇円の支払期日を同月三〇日と指定して、その支払を催告した。

4.本件各株券は右1ないし3によって原告に生ずる損金の支払の担保のため原告から別紙(六)委託証拠金入証一覧表のとおり商品取引の委託証拠金として預託されたものである。

5.よって、被告は原告に対し、値合損失金四六三七万八五〇〇円と、これに対する支払期日の翌日である昭和五四年一二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、本訴抗弁及び反訴請求原因に対する認否並びに主張

1. 1、3の各事実は認める。

2のうち、別紙(二)の一のうち小豆一記載中昭和五三年一一月一六日及び二二日の各取引委託については認めるが、その余の事実は否認する。

4のうち、原告が被告に対し、委託証拠金として別紙(六)委託証拠金入証一覧表記載1のとおり昭和五三年一一月二一日に津田駒工業株式会社の株式一万株を預託したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2.原告は被告に対し、昭和五三年一一月二四日以降の本件商品取引の委託をした事実はない。すなわち、昭和五三年一一月二四日被告の外務員である広瀬司(以下「広瀬」という。)は原告に対し、被告が取引規模を拡大して市場における影響力を増して会社の利益をはかるため原告の委託証拠金及び口座名義を利用したい旨申し入れ、利益があがった場合その六割を原告に交付し損金が生じた時は一切被告が負担し、原告が差し入れる委託証拠金名目の有価証券はすべて原告に返還する旨約したので原告は被告に原告の取引名義を貸すことに同意した。従って、原告は有償の名義貸与契約を締結したにすぎない。

3.被告の主張する利益出金につき別紙(五)利益出金支払一覧表記載小豆1、5、輸入大豆2を除く合計金一六〇三万二〇〇〇円につき被告より受け取った事実は認める。

なお、同表記載小豆1の一〇二万円を受領したことは認めるが、これは原告の正規の委託契約による利益であり被告主張の利益出金に含まれない。

同表記載小豆5の三六六万九〇〇〇円及び同表記載輸入大豆2の三六〇万円は広瀬が持ち帰り、原告は受け取っていない。

五、本訴再抗弁及び反訴抗弁

1.(一) 仮に原被告間に昭和五三年一一月二四日以降についても商品取引委託契約が成立したとしても、原告と被告の代理人広瀬との間で右取引につき前記四の2記載のとおり損失を被告が負担する旨の特約があった。

従って、原告は右特約に基づき被告主張の金員を負担する義務はない。

(二) 仮に右特約が商品取引所法(以下「法」という。)九四条二号に違反するとしても、同条は取締規定であって私法的効力に影響はないから、右特約は原被告間で有効である。

(三) 仮に右特約が右条項違反により無効であるとしても、右特約は被告が申し出たものであり、同条項が顧客保護の規定であること及び禁反言の原則よりすれば被告は右無効を主張することは許されない。

(四) さらに、右特約が無効であれば、右特約を含む原被告間の本件商品取引委託契約そのものが無効である。

2.本件委託契約は次のとおり被告従業員らの商品取引所法違反の行為によってなされたから無効である。

(一)  前記四の2のとおり、広瀬は損失を負担する旨約し、同人に同行した被告営業課長日笠澄男(以下「日笠」という。)もこれを承認したが、このような委託の勧誘は同法九四条二号に違反する。

(二)  原告は広瀬、日笠に同法施行規則七条の二所定の個別事項につき指示を与えたことはなく、同人らが原告の指示を受けないで商品取引をしたことは、同法九四条三号、四号、同法施行規則七条の二、七条の三第三号に違反する。

(三)  広瀬らが右各違法行為をしたのは、専ら委託手数料を得るためであり同法の精神及び信義則に反し昭和五三年一一月二四日以降の委託手数料合計一四五八万八〇〇〇円の手数料請求は許されない。

3.仮に右主張が認められないとしても

(一)  前記2の(一)(二)のとおり昭和五三年一一月二四日以降の本件商品取引は、被告の外務員広瀬及び被告の従業員日笠の同法九四条二ないし四号、同法施行規則七条の二、七条の三第三号に違反する違法な勧誘行為に基づいてなされたものであるから、被告は広瀬、日笠の使用者として同人らがその職務行為である勧誘行為を行うに際し故意又は過失によって原告に対し与えた損害を民法七一五条に基づき賠償すべき義務がある。

(二)  別表(四)計算表のとおり、昭和五三年一一月二四日以降の商品取引により原告は、売買損金八四八万九五〇〇円及び委託手数料一四五八万八〇〇〇円、以上合計二三〇七万七五〇〇円の損害を被った。

(三)  そこで、原告は予備的に、昭和五七年四月一六日の本件口頭弁論期日において、被告に対して、有する右債権を自働債権として被告の原告に対する反訴請求原因記載の値合損失金請求権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

(四)  原告は被告に対し右口頭弁論期日において、本件預託契約を解除する旨の意思表示をした。

六、右に対する認否

1の(一)ないし(四)、2の(一)ないし(三)、3の(一)ないし(四)の事実は否認し、主張は争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、本訴請求原因1、2の各事実及び本訴抗弁及び反訴請求原因1、3の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、まず本件取引委託契約の成否について判断する。

1.原告が被告に対し昭和五三年一一月一六日及び同月二二日の小豆の商品取引を委託し、委託証拠金として別紙(六)委託証拠金入証一覧表記載のとおり津田駒工業株式会社の株式一万株を預託したことは当事者間に争いがない。

2.右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、概略次の事実を認めることができる。

(一)  原告は昭和五三年一一月初めころより被告の外務員の広瀬から何度も商品取引をするよう勧誘されるうちに、同人独特の値幅計算法による相場予想が適中すること、及び被告の調査部長である田中清と面識があり同人が勧誘することも加わって同月一一日大阪穀物取引所における商品取引を被告に委託することを決め、同時に、同取引所受託契約準則を遵守して売買取引を行う旨記載された同日付の承諾書及び原告の氏名、住所等の通知書を作成のうえ被告に交付した。

被告は昭和五三年一一月一六日及び二二日に原告の計算で別紙(二)の一のうち小豆の買付け、売付け取引を行い、右取引の結果、同月二二日現在で売買益金一一六万四〇〇〇円、委託手数料一四万四〇〇〇円となり、差益金一〇二万円を生じた。右取引に際し、原告は被告に対し、同月二一日、委託証拠金として津田駒工業株式会社の株式一万株を預託し、被告は、同月二八日右差益金一〇二万円を原告に支払った。

(二)  同月二三日、広瀬は日笠を伴い原告宅を訪れ、さらに商品取引を継続することを求めたところ原告は前記利益金を生じているにも拘らず、なぜか容易にこれに応ぜず「もうやめたい」旨の口吻をもらしたので、広瀬はここで上客の原告に逃げられてはならないと思いその場で原告に対し、「会社は証券の投資信託のように沢山のお客の資金を集めて大きな力で市場を動かして利益をあげている。お客の証拠金と口座を利用させてもらい損金となった場合は会社が一切の責任をとりお客に迷惑はかけない。但し、利益勘定となった場合は会社の運用料あるいは保証料としてその利益の四割を受けとる方法もある」等と申し向けて原告を口説いたので原告は、従前どおり取引を継続することを承諾し、広瀬を通じ被告に対し以後の商品取引を委託した。

(三)  右委託に基づき被告は原告の計算で別紙(二)の一小豆一ないし四(但し昭和五三年一一月一六日、二二日の取引は除く)記載のとおり昭和五三年一一月二四日以降、小豆の取引を継続し、原告は被告に対し右取引の委託証拠金として同年一一月二八日、津田駒工業株式会社の株券一万株、同年一二月二二日、同社の株券三〇〇〇株、昭和五四年一月二五日、同社の株券二万三〇〇〇株をそれぞれ差し入れた。他方、被告から原告に対して各取引の都度、前記取引所準則に基づく売買報告書が交付されていた。

(四)  ところで、被告は原告の委託により昭和五四年一月頃小豆一〇〇枚を売り建玉しており、同月二六日には四三万二〇〇〇円の帳尻残高を計上したので、二月八日にこれが原告に支払われたが、小豆値はその後値上がりし、同月九日現在の値洗損は約二六〇万円となり、同月一五日には右値洗損は約六二〇万円に増加し、預り証拠金との差額が必要証拠金額を下廻り、追証拠金を必要とする状況となった。原告は同月九日頃、広瀬に対し、「玉について知らない」と電話でクレームを申し立てたので、翌一〇日、大阪市内の新阪急ホテルで右両者が会合し話し合った結果、広瀬は原告から昭和五三年一一月二四日の言明を確認させられるに至った。そして、広瀬は昭和五四年二月一五日以後に前記追証拠金を入れて貰うべく原告方に赴いた際に、原告の指示に基づいて、原告の用意した用紙に「昭和五三年一一月二四日依り昭和五四年四月三〇日迄に貴殿の名義で大阪穀物先物取引等に於て売買取引建玉を行い同期日迄に万一損勘定となりたる場合は当社が一切の責任を持って其の損勘定を弁済し貴殿には一切御迷惑をおかけ致しません。但し利益勘定となりたる場合は其の運用料又は保証料として貴殿の受領される益金の四〇%を申し受けます。後日に備え上記の誓約致します。」なる文言を内容とする原告宛の昭和五三年一一月二四日付の証と題する文書(甲第三号証)を作成し、これに「丸五商事株式会社 広瀬司」と署名して原告に交付した。しかし、原告は広瀬の追証拠金請求を拒否したため、広瀬はやむなく、同月一九日自ら一〇〇万円を出捐してこれを原告名義で委託保証金として被告に差し入れた。

(五)  被告は原告の委託に基づき昭和五四年二月二六日から小豆の取引と併行して別紙(二)の二輸入大豆一、二のとおり輸入大豆の商品取引(売り建玉)を開始したが、その後はいずれも相場が下がり始め、原告の利益勘定となり、帳尻残は黒字を計上したため、昭和五四年四月一三日以降同年八月三一日までの間に数回に亘って別紙(五)のとおり合計一二八六万九〇〇〇円の帳尻残高が被告から利益出金として原告に交付された。原告は右取引継続後、昭和五四年六月頃に至るまで広瀬から前後五回に亘り前記甲第三号証の約定と同様の趣旨を記載した念書等を差し入れさせて右約定を確認した。他方、原告は被告に対し、委託証拠金として、昭和五四年六月二五日に久保田鉄工株五〇〇〇株、同月二六日に大正海上火災株五〇〇〇株、同年九月六日に東洋工業株三〇〇〇株、三菱商事株八〇〇〇株同月一一日に明治製菓株五〇〇〇株をそれぞれ差し入れた。

(六)  ところが、原告は広瀬の助言の下に昭和五四年秋口から小豆の買い方針に出たところ、小豆の相場はどんどんと下がり続けたため、小豆については原告の損勘定となり、原告の帳尻残高も同年七月二七日以降赤字となり、同年一〇月一七日段階で追証拠金を入れなければならない事態となったが、原告は現金の支払を拒否し、同日、伊藤忠商事株五〇〇〇株及び九州電力株四三〇〇株を差し入れたのみであったので、広瀬は自ら所持する現金四〇〇万円を委託証拠金として被告に支払い、右につき原告宛の領収書を原告に交付した。そして、小豆、輸入大豆とも昭和五四年一一月一九日をもって建玉処分がなされ、その結果、小豆につき五六一三万一〇〇〇円の値合損失金を計上し、大豆については九七五万二五〇〇円の値合益金を生じるに至った。

以上の事実が認められる。〈証拠判断省略〉。

3.原告は、昭和五三年一一月二四日以降は被告に商品取引は委託したことはなく、単に被告に取引名義を有償で貸与したものにすぎない旨主張するので判断するに、原告の右主張は被告の外務員である広瀬との間で約定された前記特約、及び右特約を記載した書面を数回に亘って広瀬が原告に差し入れたことが根拠とされている。原告はまず右特約の効力が当然に被告に及ぶことを前提とするが、確かに商品取引員の外務員は一般に商品取引員を代理する権限を有するものと解されるが、右は通常の取引委託業務に限られるのであって本件の如き特約の締結書面の差入れまでには右推認は働かず、広瀬が右代理権を有していたこと、あるいは被告がこれを承認していたことを認むべき証拠はない。前記甲第三号証の署名についても、被告の正規の代表権限のある者の署名形式をとっておらず、これをもって直ちに被告の意思表示と認めることはできず、原告はこれにつき直接被告に確認した事実は証拠上認められず、このことはその後原告が広瀬から徴した念書等についても同様である。また原告の主張によれば、昭和五三年一一月一六日付の本件取引委託契約は同月二二日をもって終了したことになるが、前記承諾書等にそのような限定はないし、原告が被告に対しその旨を通告した事実はなく、かえってその後も被告に対し原告の計算の下に本件株式を数回に亘って委託証拠金として差し入れており、単に被告に対し取引名義を貸与したにすぎないとする実態はない。さらに〈証拠〉によれば、原告が被告から本件各取引による帳尻残金として受領した金員のうち、昭和五四年四月二五日の三六〇万円及び同年六月七日の三六六万九〇〇〇円はいずれも広瀬及び日笠が原告宅に持参して一旦これを原告に渡した後、直ちにこれを被告の保証料及び運用料として原告から受領していることが認められるが、右金員は前記約定の四〇パーセントに満たないものであり、且つこれが被告の経理に納入された形跡は証拠上認められず、かえって右金員の一部は広瀬が原告名義で被告に差し入れた委託証拠金四〇〇万円に充当されていることが推認される。右の次第で、原告の前記主張は採用することができず、前記特約等は広瀬の無権代理行為であると認めざるを得ない。

4.仮に、右特約が原、被告間で締結されたものであるとしても右特約は無効である。すなわち、右特約は、明らかに商品取引所法九四条二号に違反するものであり、右特約によれば本件取引において委託者は利益の生じた場合は常にその利益の六〇パーセントをおさめ、損失の生じた場合に一切の損失負担を免れ商品取引員が一切の損失を被るというものであるから、委託者に一方的に利益が帰属することになるが、単に株券を寄託する代償として右の如き多大の利益を取得することは公平を失し不当であるのみならず、このような特約の効力を認めると、投機的性格をもつ商品取引において過当な投機を招来する危険がありひいては商品取引における公正維持を害する結果となるというべきであるから、右特約自体は公序良俗に反し無効であるといわざるを得ない。そして右特約について被告がこれを申し出た事実はないから、被告が右特約の無効を主張することはなんら禁反言の原則に反するものではないし、そう解したとしても同法が顧客保護の規定であることを否定することにはならない。

原告は右特約が無効であるなら本件取引委託契約全体も無効であると主張する。しかしながら右特約が法九四条二号に違反する不当な勧誘に該当するとしても、本件においては右勧誘は本件取引委託契約の締結についての動機上の問題であるか、又は契約締結後の一事情にすぎないから、そのことのみをもってただちに本件取引委託契約の効力に消長をきたすものとは解されない。

5.以上を要するに、広瀬が原告との間でとり交わした特約又はその旨の念書等は、原告が昭和五三年一一月一六日に被告との間で締結した本件商品取引委託契約の効力、存続になんらの消長を来さないものであり、他にこれを違法、無効とすべき事実は証拠上認められないから、本件商品取引委託契約は適法に存続しているものというべきである。よって、原告の本訴再抗弁及び反訴抗弁1の(一)ないし(四)、同2の(一)(二)の各主張はいずれも採用することができない。

三、そこで、本件取引委託契約に基づく損益勘定残高について以下検討する。

1.利益出金について別紙(三)の一、二計算表(一)、(二)、別紙(五)利益出金支払一覧表記載の利益出金のうち、昭和五三年一一月二八日、同五四年四月二五日、同年六月七日のものを除いて当事者間に争いがない。

(一)  昭和五三年一一月二八日原告が被告から一〇二万円を受領したことは当事者間に争いがないところ、原告は右金員は原告の委託した取引による別枠によるものであって利益出金に含まれるものでないと主張する。しかしながら、前記のとおり昭和五三年一一月一六日、二二日の取引のみならず同月二四日以降の取引についても本件取引委託契約に基づいてなされたものと認められるから右一〇二万円についても利益出金というべきであり、原告の右主張は採用できない。

(二)  前記認定の如く広瀬は日笠を伴って昭和五四年四月二五日に三六〇万円、同年六月七日に三六六万九〇〇〇円を原告宅に持参してこれを利益金として一旦原告に交付しているから、仮令同人が直ちに被告の運用料又は保証料として右金員を持ち帰ったとしてもこれが利益出金であることに変わりはない。よって、利益出金は、被告主張の如く別紙(五)のとおり小豆取引につき一三五〇万六〇〇〇円、輸入大豆取引につき一〇八一万五〇〇〇円となる。

2.〈証拠〉を総合すると、小豆取引につき手仕舞をした昭和五四年一一月一九日現在で別紙(三)の一のとおり値合損失金が五六一三万一〇〇〇円であること、輸入大豆につき手仕舞をした昭和五四年八月七日現在で別紙(三)の二のとおり値合益金が九七五万二五〇〇円であることが認められ、他に右認定に反する証拠はない。

3.前記二の認定事実によれば、別表(六)記載の本件株券は本件取引委託契約に基づく委託証拠金として広瀬を通じて適法に被告に差し入れられたものであり、損失金に対する担保的機能を果たしていることが明らかである。よって右に反する原告の主張は採用することができない。

4.原告は、被告の外務員の違法行為によって本件商品取引委託契約を締結したものであるから、被告は信義則上委託手数料を請求することは許されない旨主張する。確かに後記認定の如く被告外務員であった広瀬らに違法行為があったことは事実であるが、被告はこれを承認していたことを認むべき証拠はないから、右につき被告が使用者としての監督責任を追及されることはともかく、他に特段の事情のないかぎり、信義則上当然に委託手数料の請求をすることが許されないものということはできない。

5.よって、原告は被告に対し、値合損失金四六三七万八五〇〇円とこれに対する支払期日の翌日である昭和五四年一二月一日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払義務があり、右支払を完了するまで被告は本件株券を担保として所持することができることになる。

四、次に、原告の相殺の抗弁について判断する。

1.被告の使用者責任について

(一)前記認定したとおり被告の外務員である広瀬及び日笠の昭和五三年一一月二四日以降の本件委託契約における勧誘行為は、商品取引所法に違反してなされたことは勿論社会通念上商品取引における外務員の行為として許容し得る域をはるかに越えたものというべきところ、前記二の認定事実、〈証拠〉によれば、原告は前記特約を信じて被告と本件商品取引委託契約を締結したものであり、右特約につき広瀬から数回に亘って確認の書面を徴していたから、原告としても安んじて右広瀬に取引一切を委せており具体的な取引指示をしなかったこと、他方、被告の外務員は委託手数料の三五パーセントを被告から受けることになっており、広瀬と日笠との間で右三五パーセントのうち、広瀬が二〇パーセントを、日笠が一五パーセントを受領する約束であったことが認められる。

そうすると、右広瀬らは原告に対して絶対に損失を負担させない旨約束し、且つその旨の念書等を原告に交付して安心させる一方、被告に対してはこのことを秘し、そのためいずれ取引による損失が原告に対して請求されることを予期しながら、自己の手数料等の利益の取得を企図して取引を継続したものであり、昭和五三年一一月二四日以降の広瀬らの行為は全体として不法行為を構成することは明らかである(なお、右不法行為の成立はそれ以前に成立した本件取引委託契約の効力になんらの消長を来すものではない)。そして原告は、広瀬との間の特約を信じ、一切の取引を同人らに一任したために結局前記の値合損失金の支払債務を被告に対して負担したものであるから、右同額をもって広瀬らの不法行為に基づく損害と認めるのが相当である。

(二)  被告が広瀬らの使用者であることは当事者間に争いがなく、広瀬らの前記不法行為は被告の業務執行につきなされたことは明らかである。しかるところ、昭和五三年一一月二四日以降の取引によって原告に生じた損失金は四六三七万八五〇〇円(但し、同年一一月一六日、二二日の取引は利益勘定であるから、右損失額に影響を及ぼさない)と認めるのが相当である。

(三)  ところで、原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告との本件委託契約のほかにも第一商品、西田三郎商店等商品取引員との間で商品取引をした経験のあることが認められ、右事実によれば商品取引の投機性よりして委託者である原告が損失を被ることがあることつまりは本件特約の不合理性を十分認識していたものと推認されること、そして前記二で認定したとおり本件各取引につき被告からその都度売買報告書が送達されているのに、被告に右特約又は広瀬らの行動につき確認することなく、前記特約を安易に盲信し、又は広瀬にその履行を強要して漫然と広瀬に本件委託取引を行わせ、追証拠金の支払を求められた際も長期に亘って多数の株券を委託証拠金として預託していたこと、そして右株券を預託するのみの代償として約一年間に二〇〇〇万円を超す巨額の利得を一旦収受し、そのうちの一部を外務員に支払う等いわば外務員と共に常軌を逸した取引を続けていたものであり、右の諸事情を総合すると、原告自身にも本件不法行為による前記損害の発生及び拡大について右広瀬らと同等の過失があったものというべきである。従って被告が原告に対し賠償すべき損害額については、この点を斟酌して、全損害のうち五割を控除するのが相当である。従って、被告は原告に対し、民法七一五条に基づき広瀬、日笠の使用者として同人らがその職務を行うにつき原告に与えた前記損害金のうちその五割に相当する二三一八万九二五〇円を賠償する義務があるところ、原告は右自働債権としてその算式の根拠を異にするが、二三〇七万七五〇〇円の損害賠償請求権を主張するから、右主張の限度でこれを認めるのが相当である。

2.よって原告は被告に対し、右二三〇七万七五〇〇円の損害賠償債権を有するところ、原告が被告に対し昭和五七年四月一六日の本件口頭弁論期日において、被告の原告に対する反訴請求債権とその対当額で相殺する旨の意思表示をしたことは当裁判所に明らかである。そうすると、右両債権は昭和五四年一二月一日相殺適状になったものというべきであるから、本件値合損失金元本は右相殺によって右同日現在二三三〇万一〇〇〇円に減額されたものというべきである。

五、最後に、原告の契約解除の主張につき判断する。

原告が被告に対し、昭和五七年四月一六日の本件口頭弁論期日において本件株券預託契約を解除する旨の意思表示をしたことは当裁判所に明らかである。

しかしながら原告の主張する解除原因が明らかでないばかりか別紙(一)記載の各株券は商品取引員が委託者に対して取得する委託契約上の債権を担保するために預託されるものであり、前項のとおり原告は被告に対し相殺の意思表示の後においてもなお本件委託契約上の差損金債務を負っているのであるから、右解除の主張は失当である。

六、結論

よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却し、被告の反訴請求は差損金二三三〇万一〇〇〇円及びこれに対する支払期日の翌日である昭和五四年一二月一日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文を、被告の反訴請求についての仮執行の宣言につき同法一九六条一項を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 久末洋三 裁判官 塩月秀平 中本敏嗣)

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